「ありがとう。」
「ごめんね。」
顔を見るたびに、いつも私たちをねぎらってくださる高齢の患者さんがいる。
自宅で転倒し、入院。
少し前まで自分でできていたことが、日に日に難しくなってきた。
毎朝おっしゃるのは、
「トイレに行かないと出ないの。寝たままオムツにはできない。」
その気持ちがよく分かるから、できる限りトイレへお連れしている。
でも、ある日のこと。
トイレに座ることはできたものの、立ち上がれず…。
「もう一回。」
「あと少し。」
何度も挑戦しましたが、足に力が入らない。
最後は看護師二人がかりで、ようやくベッドへ移乗した。
翌朝。
患者さんは少し落ち着いた表情でしたが、私はというと……
腕と腰が見事に筋肉痛。
「ナイチンゲール、終了です。」
なんて心の中でつぶやきながら仕事継続。
でも、その筋肉痛よりも印象に残ったのは、患者さんが何度も口にした
「ごめんね。」
という言葉だ。
私は、そのたびに思う。
謝らなくていいのにな。
年齢を重ねれば、昨日までできていたことが、できなくなる日が来るかもしれない。
それは誰にでも起こりうること。
だからこそ、「ありがとう」はありがたく受け取りたいけれど、「ごめんね」は背負わなくていい。
支える側も、支えられる側も、お互いに遠慮しすぎなくていいんじゃないかなと思う。
いつか私も、誰かに支えてもらう日が来るかもしれない。
そのときは、「ごめんなさい」よりも、「ありがとう」が自然に言える人でいたい。
……とは思うものの。
その前に、腕と腰を鍛えておこう。
現場は、きれいごとだけでは乗り切れないのだ…。
ナイチンゲールの腕と腰、終わりました。
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