子どもの忘れ物と、親の“先回り”

高2の娘は、毎朝時間との戦いをしている。

「もうこんな時間!?」
と言いながら準備をして、
電車に間に合うかギリギリのタイミングで家を飛び出していく。

その日もいつも通り、
主人に駅まで送ってもらっていた。

すると途中で私に電話。

「部活のランニングシューズ忘れた…」

“どうしよう”

そう言う娘に、
私は思わず考えた。

届ける?
間に合う?
学校まで送る?

でも最近、私は少しだけ考えるようになった。

親が何でも先回りしてしまうと、
子どもは“困った時にどうするか”を考えなくなるんじゃないか、と。

もちろん、助けることはできる。

でも、
困る経験も、
失敗する経験も、
実は大事なんじゃないかと思うようになった。

とはいえ、親心は厄介だ。

結局私はシューズを持って車へ。

「間に合いそう?」
「分からない!」

そんなやり取りをしながら駅へ向かったけれど、
あと少しのところで娘から連絡。

「もう間に合わないから、電車乗る」

ギリギリアウト。

あと1分早ければ間に合っていたかもしれない。

私は休みだったから、
学校まで送ることだってできた。

でも、そこで先回りしてしまうと、
娘は“自分でどうするか”を考えなくなる気もした。

昔、息子の体育服を小学校まで届けたことがある。

「忘れてる!困る!」

そう思って急いで届けた私。

でも帰宅した息子に言われたのは、

「ありがとう。でも今日使わなかったよ」

だった。

あの時の私は、
子どもが困る前に助けることが“いい親”だと思っていた。

でも今は少し違う。

子どもが困った時、
自分で考える力を持つこと。

必要な時に、
「助けて」と言えること。

それも、生きていくうえで大切なんじゃないかと思う。

だから私は今日も、
すぐに手を出したい気持ちを、
少しだけ我慢している。

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