その日は、プレー以前に心が折れそうな時間だった。
年上の子たちの中で行われる試合形式の練習。
息子はうまく自分を出せず、
プレーにもなかなか入れない。
そしてゲーム中に転倒。
足を痛め、その後は練習を見学することになった。
足を引きずる姿を見ながら、私はずっと考えていた。
「無理に連れて来なければよかったのかな」
スポーツをしていれば怪我はある。
頭ではわかっている。
でも親になると、
子どもの痛みを“自分の責任”に変換してしまう。
・もっと本人のやる気を待つべきだった?
・私だけが熱くなっていた?
・うまくいかないのに続けさせる意味はある?
そんなことを考え始めると止まらない。
帰り道、私は息子にこう言った。
「本気でうまくなりたいって思う時しか、もう連れてこない」
怒り…と、
“これ以上苦しそうな姿を見たくない”
という気持ちだったのかもしれない。
子育ては難しい。
応援と押し付けの境界線がわからなくなる。
でも今回改めて感じたのは、
「うまくできた経験」だけが成長ではないということ。
うまくいかない日。
悔しい日。
見学になった日。
そんな日も、子どもの中には何か残っているのかもしれない。
そして親もまた、
「どう支えるのが正解なのか」を迷いながら成長中だ。
息子をバスケットスクールへ連れて行った日。
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