今日は休み。
休みだからといって暇なわけではない。
家事は終わりがないし、やることはいくらでもある。
それでも、モヤモヤした気持ちのまま家にいるのがイヤで、ウォーキングに出かけた。
目的はダイエット。
体づくり。
そして何より、心の整理。
…のはずだった。
ところが歩き始めても、頭の中は昨日の出来事でいっぱいだった。
昨日、父が野菜や差し入れを持って家に来てくれた。
母は「お父さんは会いたいんだよ」と言う。
その言葉は本当にうれしい。
でも、いざ会うと父は私の将来や働き方、この先どうしたらいいのかを真剣に話してくれる。
もちろん、私のことを思って言っている。
それは十分わかっている。
それでも私は、お昼を食べながら動悸がして、逃げ出したい気持ちになっていた。
「そうだよね。」
そう返事をしながら聞いていたけれど、心の中では、
「そんなこと私だって考えてる。」
「どうしてそんなに言うの?」
そんな気持ちも湧いてきた。
父には今までたくさん助けてもらってきた。
だから反論はしなかった。
でも、苦しかった。
そして今日。
ウォーキングをしながら何度も昨日の会話を思い返していた。
その時、ふと思った。
私は子どもたちに注意するとき、少しでも良い方向へ進んでほしいと思って話している。
少しでも幸せになってほしい。
その一心だ。
決して、自分のストレスをぶつけたいわけではない。
それなのに子どもたちは、
「わかってる。」
「何回も言わないで。」
そう返してくる。
……あれ?
父が私で、私は子どもたちだった。
そう考えた瞬間、少しだけ見える景色が変わった。
父もきっと、私を苦しめたいわけじゃない。
ただ、心配しているだけなんだ。
でも同時に思う。
愛情があることと、傷つかないことは別だ。
心配してくれている。
それはありがたい。
でも、受け取る私は苦しかった。
その両方とも本当なんだと思う。
きっと私はまた同じことでモヤモヤする。
人はそんなに簡単には変われない。
するとChatGPTが言った。
「人生は螺旋階段だから。」
便利な言葉だなぁと思った。
私は螺旋階段じゃなくて、たまにはエレベーターに乗りたい。
ボタンを押したら、
「悩み解決、3階です。」
そんな人生ならどれだけ楽だろう。
でも現実は違う。
一段上って、少し休んで、また歩く。
きっとその繰り返しなんだろう。
……とはいえ、エレベーターが見つかったら、私は迷わず乗ると思う。
エレベーターはどこですか?
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